アメリカンサイコ【解説・ネタバレ】全ては妄想?ラストのセリフは何を意味するのか?

2019/03/28
 
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皆さんこんにちは

 

今回は刺激欲しさに殺人を繰り返す
エリート社員を描いた物語
「アメリカンサイコ」を紹介していきます。

 




あらすじ

証券会社のエリート社員として
誰もがうらやむような暮らしを送る
パトリック・ベイドマン

 

全てを手に入れて
人生を成功させているように思えた
パトリックだが
その胸の内には満たされない
心の渇きのようなものを感じていた。

だがその渇きは次第に
彼を狂行へと走らせてしまう。

 

ラスト

娼婦、友人、ホームレス
気ままに殺人を繰り返すパトリック。

だが渦巻く欲望を抑えきれず
次第に自分自身すらも
コントロール出来なくなってしまう。

ついに耐えきれなくなった彼は
友人に全ての罪を告白することを決意。

電話でメッセージを残し
眠りにつくパトリック。

だが翌朝目を覚ますと
殺人現場に使っていた
物件から死体が消えていた。

その後、物件の不動産屋に追い出された彼は
友人の元を訪れて
昨日の電話の件について話すが
作り話だと決めつけられて
信じて貰えなかった。

こうしてパトリックは
自身の罪を告白できない
状況に座り尽くしてしまう・・・。

 

感想

内容どころか、
登場人物の会話さえ理解できない
とにかく意味不明な映画だった。

 

主人公の「パトリック」が
何故か「デイヴィス」と呼ばれたりと
登場人物の把握が困難。

さらに会話の内容も全く理解できず、
「こいつら何の話してるんだ?」
と思うような場面も数多く見られた。

なので中盤からは
考えるのをやめて
とにかく無心で映画を見ていたな・・・

 

パトリックの殺人は妄想だったのか?

 

終盤でパトリックが殺人を犯し続ける生活に疲れて
弁護士の友人に全ての罪を告白する。

しかし次の日、殺人現場に使っていた
ポール・アレンの自宅にあった
死体は全て無くなっており、

不動産屋の女性に
「訳は聞くな」
「2度と来ないで」
と言われて追い出されてしまう。

 

さらに知人弁護士は
パトリックの告白を
面白い冗談だと真に受けてもらえない。

それどころか「弁護士」は
自分が殺したはずの「ポール・アレン」と
10日前にロンドンで食事をしたと主張したのだ。

そのため「パトリック」は罪に問われる事はなく
普段と変わらない暮らしを送り続ける事となった。

これがこの映画のラストだ。

しかしなぜ「パトリック」の罪は
暴かれなかったのだろうか?

友人宅にあった死体もなく
「ポール」が生きていたという事は
今までの殺人は全て「パトリック」の妄想だったのか?

映画の伏線や様々な意見から
導き出した個人的な考察を
紹介していこうと思う。

 

自己中心的な社会がパトリックを救った?

序盤、パトリックの友人は
何度も他の人の名前を間違えたり
支離滅裂な会話をする事が多かった。

 

恐らくこの人間関係に
今回の物語を紐解く鍵があると感じている。

 

そもそもなぜ周囲の人間達は
名前を間違えたり、
支離滅裂な会話を行なうのだろうか?

 

理由は他人に関心が無い人間ばかりだからだ。

 

関心が無いから相手の名前も覚えない。

会話も興味が無いから
自分の事ばかり話して
支離滅裂な会話になる。

この映画の登場人物は
基本的に自己中心的なのだ。

 

そしてその無関心さが
「パトリック」の罪を
隠蔽してしまったのではないだろうか?

 

なぜ知人「弁護士」に罪を告白しても
真に受けてもらえなかったのか?

 

そもそも「弁護士」は「パトリック」が
誰なのかもハッキリ知らなかったからだ。

デイヴィス シンシアは元気か?

これは罪を告白した次の日に
「弁護士」が「デイヴィス」という人物と勘違いした
「パトリック」に言った言葉だ。

 

さらに弁護士はパトリックに対して
このように言った。

「殺人鬼ベイトマン」か いいノリだった

つまり「弁護士」は罪の告白を
デイヴィスが作った作り話だと解釈してしまったのだ。

 

となると10日前に
ポール・アレンと食事をした」という主張も
恐らくは別の誰かと勘違いしていたと考えられる。

 

弁護士は「ポール・アレン」すらも
誰なのかハッキリと理解していなかったのだ。

 

すると「ポール・アレン」の自宅の
死体が無くなっていたシーンは何だったのか?

 

あれは不動産屋の女性が
いわくつきの事故物件として
価値が下がるのを恐れて
死体を処理、隠蔽したのではないだろうか?

 

しかしカードを使って現金を引き下ろそうとした時、
「猫の足を入れて下さい」
とあり得ない表記が出てきたシーンがある事から
妄想などの精神病を患っていたのだろう。

 

「パトリック」が殺人を犯したのはほぼ間違いない。
しかしどこまでが現実で
どこまでが妄想なのかまではハッキリとしない。

「アメリカンサイコ」は本当に謎だらけの映画だ。

 

ラストのセリフの意味は?

アメリカン・サイコ

 

物語のラストで言った「パトリック」のセリフ
は何を意味するのだろうか?

 

もはや超えるべき障害はない

僕の奥に眠る錯乱と狂気 悪徳と邪悪さ

人を殺すこと

その行為の無感動さを知った

「パトリック」は日常では体験出来ないような
興奮を味わいたかったという欲望から
殺人を犯していた。

 

しかし周囲の人間は
「パトリック」が殺人を犯した事など無関心。
さらに己の利益の為なら
平気で殺人を隠蔽してしまう不動産業者まで現れる始末。

 

これを見て「パトリック」は
殺人が大して異常な行為では無い事に
気付いてしまったのではないだろうか?

 

これが「行為の無感動さを知った」の意味だと考えている。

 

僕の痛みは鋭く 永久に続く

よりよい世界など望むものか

この痛みを他人にも味合わせてやる

殺人という刺激を満たす方法を失った今
「パトリック」は再び心の渇きに苦しめられる事になる。

 

そしてこうした飢えに苦しみ続ける内に
「パトリック」の中での
殺人の意味は変わっていった。

 

それが「八つ当たり」だ。

 

飢えをどうにも出来ない苦しみを
他の人間にも味合わせてやりたいと
思うようになったのだ。

 

その為なら自分の生活や
殺人衝動を抑えていた良心だって捨てても構わない。

これが「よりよい世界など望むものか」の意味ではないだろうか?

 

誰も逃しはしない

でも僕は何のカタルシスも感じない

僕は罰を受けることも無く

自分の事も分からないまま

僕の言葉など誰にも理解出来ない

だからこんな告白など何の意味も無い

殺人に刺激を感じられず、
誰からも罰を受けられない。
それは誰も自分の事などに興味がないからだ。

 

だから自分の言葉など誰にも理解できず
告白など何の意味も無かった。

 

パトリックは周囲の人間を見てそう感じたのだろう。

 

まとめ

「アメリカンサイコ セリフ」の画像検索結果

初見では意味不明で理解しづらい場面も多い為
物語が頭に入ってこないかもしれない。

 

しかしそういった場面にも
人間の異常性がしっかりと表現されており、
映画の内容を理解した後に再び見ると
今までとは違う視点や感情で
映画を楽しめる仕組みになっている。

ただしグロシーンが多いので
耐性が無い人にはオススメ出来ないかも・・・

 

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